前回の記事に、こんなことを書きました。
緊縛に興味を持つ人は、きっと、
みんな心のどこかに傷を持っていると思うのです。それは子どもの頃についた傷で、
癒すことも、誰かに治療してもらうこともできず、
記憶の深いところで小さくなって、
普段は忘れているけれど、何かの拍子に思い出してしまったら、
どうしようもないほど辛くて切なくなるような傷。
とっくに大人になってしまった。
もう今さら取り返しがつかない。
このまま気づかない振りをしながら、死ぬまで過ごさなければならないのか。
途方に暮れて、迷子のように彷徨って、
救われたい・癒して欲しいと、辿り着くのが緊美研です。
これは、自分で自分を切り刻んで流れた自分の血縛られ、吊られ、責められるモデルを
薄暗いスタジオでぼんやりと見つめながら、
自分とモデルが同一化していくように錯覚し、
苦痛に悶え、歪んだその泣き顔を見て、
叱られて物置に閉じ込められた自分を想うのです。
「ああ、かわいそうに。こんな暗いところに閉じ込められて、怖かったね。
もう大丈夫だから、安心して。泣かなくていいよ」
と、手のひらで頬を包んで涙を拭いてあげて、
憐れに痛めつけられた身体をそっと抱きしめてあげます。
そんな妄想をしながら、中年以上の年齢になった男性たちが、
静かに涙をこぼします。
床に下ろされ、縄を解かれたモデルに近づくと、
背中をバスタオルで覆って、痺れた手首や腕をマッサージしてあげ、
肌に張り付いた蝋涙をはがしてあげるのです。
みんな優しい顔でモデルを囲んで、
「よかった」「綺麗だった」と口々に褒めます。
それは参加した人たちが、心の中の傷を解放して、癒されたからでした。
後ろ手と胸縄だけでも、だからといって、
その傷を失ってはいけません。
何度でも取り出して、手のひらに載せて眺めて傷ついて、
その時のかわいそうな自分を離れたところから見つめ、
切なさにむせび泣くのです。
健全な人には、到底理解できないでしょうね。
これが、緊美研の会員たちが自分のことを「変態」と表す理由です。
その傷は、本物でなくてもいいのです。
「かわいそうな自分」という記憶は、捏造されたものでも構いません。
思いっきりノスタルジックな感傷に浸ることができる「記憶=ストーリー」を
それぞれが胸に描いていればよいのです。
カミソリで切った傷を作る秋田昌美さんせんちゃん(濡木痴夢男)の縄は、そんな人たちを
いつでも温かく迎えていました。
(……でも、迎えたあとに問題がいっぱい起きました)
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