神田つばき著・「ゲスママ」を読んで

忘れらない写真がある。
小学生の女の子が、キッチンで包丁を片手に笑っている写真だ。
「玉葱を切ると目にしみるから」と、スイミングのゴーグルをかけている。
撮影した人の方をむいて、楽しそうに笑っている。
その子は神田つばきさんの次女で、
つばきさんとの会話で、わたしは彼女を「ゴーグルちゃん」と呼んでいた。
そのゴーグルちゃんが、すでに成人していたと知って、
時間が経つのは何て早いんだろうと思い、何故だか胸に物理的な痛みを感じた。

神田つばきさんのことを、わたしはずっと「かんちゃん」と呼んでいたので、
ここではそう書くことにする。
かんちゃんの著書・「ゲスママ」が9月10日に発売された。

ご出版おめでとうございます。
ずっと謎だったかんちゃんの想いを、やっと知ることが出来るね。

「性を追い駆け、性に振り回される」自分のことを書くのは、
本当に大変な作業だったと思う。
緊美研の例会に、モデルとして十回以上も参加してくれたかんちゃんと、
十年間の休止中もときどき連絡を取りあっていたわたしは、
いくつかの方向から聞こえてくる『あまり良くない噂』に胸を痛めていたし、
かんちゃんにとっての真実はどうなのか、確かめたいという思いもあった。

だから発売当日に届いたその本を、貪るように読んだ。
途中で読むのを止めたくはなかったが、時間の都合で2日間に分けて読んだ。
エピローグまでの全てを読み終えたとき、
深い息とともに出てきた率直な感想は、
「世の中には色んな人がいるんだなぁ」だった。

かんちゃんが何をしていても、かんちゃんに何が起こっても、
わたしは友だちでいたいし、
かんちゃんが誰かにどんなに酷いことをしてきたとしても、
その全部を聞かせてほしかった。
それは、初めてかんちゃんと会った時から同じで、
わたしは直感的に「好き」だと思った人のことを、ずっと同じように思う習性であるし、
そういう相手が自分で選んでしてきたことを否定するつもりは全くないからだ。
いいことも良くないことも、全部ひっくるめて『その人』なのだから、
わたしはきっと、かんちゃんが思っているよりもずっと、かんちゃんのことが好きなのだ。

独りぼっちで悩んで、何も持たずに冒険に出て、ずっと戦ってきたかんちゃんは、
まだ子どものままなのかもしれないと思う。
お母さんのあとを追いかけて、独り占めしたいと思っていた子ども。
子どものまま大人になってしまったかんちゃんは、
母親と対峙せざるをえなくなった時、『性』を防御アイテムに選んだ。
自分の姿を相手から見えにくくし、バリアにもなる特殊装置だ。
これを発動すると、母親だろうが娘だろうが、かんちゃんに近寄ることができなくなる。
何か言いたくても、かんちゃんを理解することが出来なくて、
一緒にいるのに実体を感じられない。
そんな、家族にとっても「謎の存在」になったかんちゃんは家庭内で孤立し、
居場所を求め、自分が在ることを確かめたくて男を探す。
お互いに求め合っているのに、愛しているし心配で仕方ないのに、
誰もそれを口にすることすら出来ない。
そうしてバラバラになり、取り返しのつかない事態になっていても、
かんちゃんはなかなか目を醒まさない。

だから、これは、
「『母なのに、子宮を喪ったのに』性を追究したい女性の本」というより、
「家族が壊れ、また家族に戻るまでの、長くて険しい冒険のものがたり」なのだと、
わたしは思う。
わたしにとっては、そういう本だ。

どうか、ゴーグルちゃんがゴーグルちゃんらしく生きてくれますように。


昨夜から、この「ゲスママ」をまた読みはじめた。
すでに上に書いたこととは別の感覚にとらわれている。
一年後、二年後にもまた読んだら、その時も新しい感想を持つのだろう。

届いた日、「わたしのバイブルになってくれる御本です」
とかんちゃんに言ったけれど、それは本当だ。
同じことをしてきたわけではないのに、「わたしも同じ」だと感じる箇所がいくつもある。
何度も何度も読んで、「かんちゃんに出会えて良かった」と、
そのたびに思いたい。

わたしはやっぱりかんちゃんが大好きなのだ。


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[ 2016/09/30 23:39 ] 友だちのこと | TB(-) | CM(-)

手首と二の腕

緊美研通信の第10号に、「二の腕の秘密」という文章が載っています。
これは当時の会員・横山正(よこやませい)さんが書かれたものですが、
先日、書棚の整理をしていたときに、10号の表紙にこのタイトルを見つけ、
十数年ぶりに読んでみました。
この何週間か、ふと気づくと「手首と二の腕の拘束感」について考えている自分がいたので、
先ちゃん(濡木痴夢男)が「これを読め」と示してくれたような気もします。

濡木痴夢男に縛られるとき、まず手首を掴まれます。
右の手首、左の手首と順番に素早く背後に回され、
重なった二つの手首の下からするすると麻縄が巻きつき、
一つに括られた手首はきゅっと持ち上げられます。
そして余った縄は胸の上を一周し、手首の縄に結ばれます。

この横山さんの文章はとても面白く、
当時の緊美研例会の雰囲気がよく表わされているので、
10号をお持ちの方には、読み返していただきたいし、
お持ちでない方には、コピーしてお渡ししたくらいなのです。

緊美研で縛られるモデルたちが、縄に陶酔するのはどの瞬間なのか、
毎回先ちゃんの縛りとモデルの反応をじっくり観察し、
わたしを含めたモデルたちに聞き取り調査を行い、
ご自身で考察に考察を重ねるうち、閃いたことを書かれています。

「『縛られる』という拘束感は手首で感じ、
『縛られた』という拘束感(緊張感)は二の腕の方が強く感じるのです」

と。
もちろんここに至るまでの、縄や緊縛や濡木痴夢男に対する
横山さんの想いも、やさしく丁寧に書かれています。
確かにそうなのです。
手首をつかまれて縛られた時は、「あっ」という衝撃に似たものが身体を走り、
二の腕を拘束されると、「もうダメだ」というような諦念と、
縄に呑まれてしまいたいという気持ち、
身体も心も、すべてを投げ出してしまいたい感覚、
渦の中に飛び込んで揉みくちゃになりたい想い、
自分自身を痛めつけ、滅ぼしたい欲求・・・
などなど、その時その時で見る世界は微妙に違うのですが、
とにかく、手首と二の腕では「覚悟」が変わります。
でも、この「二の腕の秘密」に、一つだけつけ加えて欲しいことがあります。

『……後ろ手にした手首を縛ります。次に、縄を背中の左側から左の二の腕、
左右の乳房の上部、右の二の腕の順に通して、元の背中に戻ります』
と横山さんは書かれていますが、ただ二の腕の上から縄を回しただけではなく、
巻き縄に垂直に通す留め縄が絶対に必要だということです。
これがあるのとないのとでは、拘束感にものすごい違いが生じます。
緊美研において「拘束感が強い」ということは、
「安心できる」ということでもあるのです。

「よりきつく縛られて安心するなんておかしい」と、
そう思われる方もいるでしょうね。
でも、本当にそうなのです。
奈加あきらさんの緊美研でも、それが証明されると思います。
モデル女性たちの表情からは、一瞬も目を離してはいけないのです。

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わたしは手首をきゅっと掴まれると心臓を鷲づかみにされたような気になります。
以前、あるコンサートに出掛けた時、終了後に握手会が開かれることになりました。
そのアーティストは、千五百人ほどの来場者全員と握手してくれるというのです。
長い列ができ、順番が回ってくるまでに何十分もかかりました。
列が進み、次第にそこへ近づいていきます。
心臓がドキドキして、息苦しいほどでした。
わたしの番になり、その人はにこやかに手を差し出してくれましたが、
わたしは握手を拒んで言いました。
「手が荒れているので、代わりに手首を握ってくれませんか」
その人は少し驚いた顔をしましたが、「はい」と言って、
長袖の服を着た上から、わたしの手首をぎゅう~っと握ってくれました。
息が止まり、頭がくくらしました。
公共の場で、大勢の人が見ている前で、
なんて破廉恥なことを要求したのだろうと、
恥ずかしさと激しい昂揚で倒れそうになりました。
その人はきっと、わたしの想いを解ってくれたのだと思います。
少し意地悪そうな瞳でわたしの顔を見つめて、
ふふん、と笑ってくれました。
いま思い出しても苦しいです。

このように「手首」は、不思議な器官なのです。

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[ 2016/09/11 23:24 ] 縛られること | TB(-) | CM(-)
プロフィール
春原 悠理 Youri Sunohara Facebook
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濡木痴夢男の緊縛美研究会の主宰です。
好きなもの:ねこ、チョコレート、雑多な読書、映画鑑賞

便利なものは苦手です。
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