緊美研ビデオを見てほしいです

緊美研Tumblrを始めて、一年が経ちました。
今までに投稿した写真にはさまざまなモデルが登場しました。
濡木痴夢男の縄は、各モデルに合わせて自在に変化し、
その女性がもっとも美しく輝く縛り方・ポーズを常に追究していました。
初期の緊美研と終わりの頃とでは、例会の様子にも変化が起きています。
たくさんご覧になっている方にはおわかりだと思いますが、
参加する会員も少しずつ交代し、画面から溢れ出る雰囲気も、
暗く、陰惨で静かな会場から、
(初期よりは)明るく、会員とせんちゃんが交わす言葉にも、
和やかなムードが見られるようになりました。
どちらが良いのかと言えば、わたしは前者の雰囲気が好きです。
ものすごい緊張感と、胸が締め付けられるような息苦しさ、
それなのに、未知の世界を覗き見ることへの期待でワクワクし、
呼吸をするのも忘れてしまいそうです。

何度か書いていると思いますが、
初期の緊美研ビデオは、参加した会員が民生機で撮影したものです。
それを、やはり民生機で編集し、ダビング業者に発注し、
写真やワープロで打った解説を切り貼りして、
コンビニでコピーしたジャケットを、紙箱に収めていた商品です。
ラベルには、タイトルではなく品番をはんこで押していました。
そんな、ほとんどすべての工程を手作業で作ったマニア向けのビデオです。
当時は珍しさもあり、書店で手にとって下さる方も多かったのです。
画質は、はっきり言って悪いです。
中には、何度もダビングを繰り返したテープのように、
「何が映っているのかわからない」ようなものもあります。
でも、わたしは今でも古い緊美研ビデオを再生するとき、
「聖なる」気持ちになることがあるのです。
いつもはCDで聴いている名盤を、たまにはアナログで聴いてみようと、
ターンテーブルに置いて針を落とす、あの時と同じ気持ちです。
そこには、「普通の人」からは気持ち悪がられ、変態扱いされ、敬遠され、軽蔑されていた、
「SM緊縛」の世界があります。
誰にも言えない趣味であったSM緊縛。
だからこそのステイタスだった緊縛。
コソコソと隠れながら、それでも特権意識を持って読み耽ったカストリ雑誌。
そんな時代の「マニア」たちへの愛情が、いっぱい詰まっているのです。

画質は悪いし、せんちゃん(濡木痴夢男)の声がうるさいし、
素人女性がモデルの時は、猿轡や目隠しで、表情を見ることも出来ません。
でも、そこでしか得られない、不思議な感動を覚えるはずです。

まだご覧なったことのない方に、是非見て頂きたいと思います。
春原悠理9


緊美研Tumblr一周年の区切りとして、ただ今緊美研Online Shopでは、書籍以外の
【全タイトル半額セール】を開催中です。
この機会に、今はもう実際に見ることの出来ない濡木痴夢男の緊縛を
ぜひご覧頂きたいです。
「オワコンじゃん!」などと言わずにぜひ!

よろしくお願いいたします。

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[ 2016/02/23 22:43 ] 緊美研ビデオ | TB(-) | CM(-)

うまれなかったこどもたちへ

↓ここからずっと、次の太字まで
土曜の夜の就寝時間は……30時でした。つまり日曜日の朝6時です。
起床が6時間後の正午ごろ。
王子がお食事をご所望されたので、まだ眠かったけれど起きました。
そして、今日15日月曜日は、朝早くから出かける用事があったので、
眠ったら、きっと寝過ごしてしまう、と不眠のまま外出。
用事はお昼頃に終わり、地元に戻って買い物をし、
帰宅が14時半頃。
バタールを半分食べてミルクを飲み、シャワーを浴びて、
さあ、寝よう!
とベッドに入ったものの、さっぱり眠くなりません。
掃除機をかけたり洗濯をしたり、ベランダをホースで洗ってゴミ出しをし、
苺とバニラの香りがするルイボスティーを飲んで、
でも、まだまだ眠くならない!
明日もお昼から約束があるのに、どうしよう。
酷い顔で行くことになるかも知れない・・・まあいつもひどいんだけど。
昨日の正午から、もう33時間近く起きてることになります。
この強い覚醒は、いったいどうしたことかと……。
焦ってみても、眠れないものは眠れないのです。
そうしているうちに、色々な光景や言葉が頭の中に溢れ、
でもすぐに消え去ってしまうので、何か書こうかな、と。
いやぁー、ここまで長い長い前置きです。まったく不必要でした。
↑ここまでは無駄な部分です。読まないで下さい。
だったら削除してくれ、と思われるかもしれませんが、自分の記録として。


テーブルの上に写真を並べてその画像を撮ろうとしても、
ペンダント照明が反射して、なかなかうまくとれません。
この記事に出したかったのは、一番右の下半身血まみれの写真です。
   ※乳首を隠した紫色の紐は、王子のお気に入りの玩具です※
CbQF1suUEAAOSFV.jpg
これは、わたしの切腹作品「珠姫草紙」の中のシーンで、
雪が降り積もる中、廓抜けを計った女郎・珠姫(たまき)が追っ手に捕まり、
縛られ折檻されて、孕んだ子を殺すためにお腹を叩かれたところです。
このシーンのために、小鳥屋さんで巣草を買い、
小さな巣を編みました。その中にうずらの卵を入れて雪の上に置き、
子宮から大量の血液がどうどうと落ちてくる、人口流産を表現した画です。
血まみれの小鳥の巣の中で震えていた小さな卵たちは、
母体から溢れる温かい血で、一瞬命が煌めいたように見えました。
この中に入っている卵液も、受精していれば命が生まれたのかもしれない。
そう思うと、卵たちが可哀相で、わたしの子宮から零れてしまった命が悲しくて、
樹に縛り付けられたまま、わたしはずいぶん泣きました。

このビデオの最後は、短刀でお腹を割いた珠姫が、
屹立させた白刃に跨るように腰を落とし、
子宮を刺し貫く・・・というイメージで終わります。

生まれなかったこどもたちは、どこへいってしまうのだろう。
いくつもの切腹作品と、数年間クリスマスカード代わりに友だちに贈っていた作品の中で
わたしはいつも母であり、同時に子どもでした。
子どもを死なせて嘆き悲しむ母と、
母を求めて狂い泣く子ども。
望むように愛されなかった悲しさは、
強い恨みになって、ママンを愛してるのに殺したいほど憎んでる。

ぼくを抱く、腕も胸も望んではいけないんでしょう?
だったらそんなもの、消えてしまえばいい……


緊美研例会の中で、何人かのモデルに切腹シーンを演じてもらったことがあります。
藤さとみちゃん、近江亜紀さん、桂木綾乃ちゃん、西尾ゆきほちゃん、
それから、沢戸冬木さん。
その例会が終わったあと、冬木さんがせんちゃん(濡木痴夢男)に宛てた感想のお手紙が、
以前せんちゃんのブログに紹介されていました。(現在は閉鎖中です)

以下に転載します

 今更の告白ではございますが、あのときにふっと浮かび上がったイメージは、
 『生への執着』がテーマとなっていました。
 イメージの中にのみ存在する私は、貧しい北東アジアの人間であり、
 下世話な男どもの欲情の果てに身ごもった我が子を、
 自らの手で切り裂いてでも食らって生きのびたい、という人間の本能にこの上ない
 エゴイズムを表現したかったのです。
 よって、子宮をかき切るために、股縄を自分で解いたのです。
 あのとき、会員の方々を意識するだけの余裕は、私には全くありませんでした。
 子宮めがけて短刀を突き立てた瞬間、現実の我が子達を冒涜してしまったかのような、
 無情な自身の残虐性にすさまじい嫌悪を感じ、
 それらの様々な感情をおのれの中で到底処理などできず、号泣してしまいました。
 私という人間のパーソナリティのうちの『母の部分』が勝ってしまいました。
 

冬木さんは、わたしの大好きな人です。
緊美研以外で会ったことなど、ほんの数回しかありませんが、
わたしはとても大切な友だちだと思っていて、冬木さん自身にもそう告白しました。
女性としての美しさと勁さを持ちながら、すごく男前な性格なのです。
ずっと年下の人ですが、ある意味「憧れの人」です。

いやぁ~、「母性」について考え出すとキリがなくなるのは何故なんでしょうね。
次回は緊縛について書きます。

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[ 2016/02/15 22:19 ] 思うこと | TB(-) | CM(-)

本物の贋物

これがホンモノの緊縛ビデオです。
縛られ、吊られ、責められて陶酔する女の・・・


はじめての緊美研ビデオ・Kシリーズ(Kは、記録のKです)のジャケットには、
こんな言葉からはじまる解説文が載せてありました。
当時わたしはまだスタッフではなく、緊美研例会にモデルとして参加していましたが、
VHSのテープに収録された商品を出荷するため、作業の手伝いをした時にそれを読みました。

「ホンモノ・・・? はて・・・?」
例会の中で、せんちゃん(濡木痴夢男)が「ホンモノ」という言葉を発しているのを
何度も聞いていましたが、改めて活字で眺めると、
なんだかとっても違和感がありました。

「これが本物なら、偽物はどういうの?」

たとえば、縛られて吊られるとき。
垂直吊りでも逆さ吊りでも、海老吊りでも、その身体を支える縄の数が多いほど、
当然ですが女性の体にかかる負担は少なくなります。
体重が多い人や、吊られるのが苦手な人などへは、何箇所も縄をかけます。
その縄がとても多ければ、まるでハンモックに寝ているほど楽チンです。
それでも、苦しそうに痛そうに顔を歪めたり、悲鳴を上げたり。
本当は全然痛くも辛くもないのに、すごく酷いことをされているような反応。
そんな風に作られているビデオを指して、ニセモノというのでしょうか。

緊美研例会の現場を収録したものは、その場で起こったことを
そのまま撮影したものです。
良くも悪くも、そのまんまです。
初期の頃は、民生機で参加者が撮影していたので、
ぶれたりピントがなかなか合わなかったり、
モデルがフレームから外れていたり、
暗くて縄目が見えなかったりという、今では考えられない内容でした。
今は、よく緊縛にもライブという言葉が使われています。
その時その場で、一瞬一瞬を感じるままに縛り・縛られる。
同じものを二度と見ることが出来ない、という意味では
緊縛もライブだと思うのですが、なんだか少し違うような……。
ライブというと、わたしが一番に思い浮かべるのは音楽です。
それから、ダンスや演劇など。
よく格闘技の観戦に出かけましたが、スポーツはライブという感じがしません。
これは個人的な……というより主観的なことですね。
でも、緊縛をライブと呼ぶのに、どうして抵抗があるのか。
少し考えて、思い当たりました。
緊縛(広くはSM)は、人に見せるために行うのではなく、
本来は、
誰にも知られたくない・隠したい・人に知られたらお終い……
という、とても後ろめたいものだったはずだからです。
誰に見られても恥ずかしくない緊縛は、
いかがわしさとは別のものであるという気がします。
もちろん、ライブに出演される方たちは、
縛りの技術や魅せ方、モデルの安全に対する配慮、観客に満足してもらうには・・・など、
あらゆる面に気を配り、舞台上ではそれらすべてのことをたった一人で(モデルの協力も)
やらなくてはならない、プロとして優れた方たちだと思います。
そんな縄師の方々が活躍してくださるからこそ、
緊縛・SMジャンルが滅びずにいるのだろうと思うのです。

そんな今の流れの中で、緊美研を守っているわたしとしては、
せんちゃんとよーく話したいことがあります。
自分だけが「本物」だと言うのは、思い上がりってもんだべさ。
緊美研とは「別物」だっていうこと、ちゃんと理解して!
他社と比べるなんてナンセンス。
自信がないから比べるんだと思われちゃうよ。
自分にできることをすれば、それでいい。
それを、当時せんちゃんにわかってもらえていたら、
せんちゃんはもっとラクにいられたんじゃないかな、と思うのです。


「誰かに緊縛好きだと知られたらお終い」
緊美研の参加者の中には、こういう人がけっこういました。
申し込みするときは、もちろん偽名ですが、
その偽名ですら、例会の中で呼ばないでくれ、というのです。
万一誰か知人の目に触れて、参加していることを推測されるといけないから。
だから、毎月参加する度に違う名前で申し込む人もいました(笑)
そう。
緊美研の会員たちは、「お終い」と言いつつも、
「誰かに気づかれて破滅する自分」
を想像するのが好きだったのです。
自意識過剰のナルシスト。で、ペシミスト。
そういう本物の「変態」さんたちが多かった、
思い出してみると、そんな会員たちが、
わたしは愛おしくて仕方ないのでした。


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[ 2016/02/15 04:52 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

【縛られた身体はどこまでも透きとおる】のつづき

スポンサー広告が出てしまいました。
つづきがアップされているか見に来て下さった方がいらしたら、
お待たせしてすみませんでした。

……さて、
前回は「通俗的エロは一切排除」
とせんちゃんが豪語していた緊美研例会の中でも、
時にはものすごく「通俗的」な内容が展開されることもありました。
というところで終わっていました。
飛び入りでモデルとして登場した一般女性。
緊美研ビデオのジャケットには、
『緊美研に登場する女性たちは、職業モデルではない、
すべてが縄好きの素人女性です』
なんて書かれていたものもありますが、
モデル事務所から来てもらったプロのモデルの人たちも、少なからずいました。
それらの職業モデルさんたちは、ちゃんと自分の仕事をこなし、
「おつかれさまでした!」と笑顔で帰ってゆきますが、
「マニア女性」の中には、例会の中で縛られただけではまったく足りず、
会が終わって機材が片付けられても、まだ半裸で麻縄と戯れる人や、
せんちゃんに「ほら、まだ立てないのか」などと声をかけられると、
「もっと縛ってください」なんて上気した顔で迫っちゃう人もいました。
そして、そんなマニア女性の要望に応えてあげるせんちゃん。
脚を大きく広げた女性の股間にバイブレータを押し付け、
「こうか! どうだ!」と、SMビデオの現場にいるように、
緊縛美を追究するせんちゃんとは、また別のせんちゃんが現れます。

でも、前記事に書いた、
『その人の視線を辿ると、マニア女性の股間ではなく、
眉間にシワを寄せて喘いでいる、その顔をじっと見つめていたのです』
↑この人は、
女性の喘ぎ声が大きくなって、その時が近づいてきたことがわかると、
なんだか悲しそうな顔をしていました。

緊美研の会員たちは、そのほとんどの人が
「女性を麻縄で美しく縛り、厳しい責めを加える」
ことが好きだったはずです。
でもそんな「S男性」であると同時に、目の前で縛られている女性にも感情移入し、
自分の体に巻きついている縄で自分を抱きしめる・・・
そんなイメージを持って鑑賞する人が大部分だったと思うのです。
憐れに責められているこの女性は、自分でもある。
幼い頃に両親に叱られ、蔵に閉じ込められて甘やかな涙を流したこと、
大好きだっ従姉妹のお姉さんに悪戯され、縄で縛られて裸にされたこと、
いじめっ子だった友達に、無理矢理洞窟に入らされたこと。
頭の中で際限なく苛められ、可愛がられ、悲しい思いをし、独りぼっちで自分を抱く。
そんな想像をすることが、緊美研例会の最大の楽しみだったと思います。
初期から参加されていた人は、そんな人が多かったです。

で、タイトルの、この記事を書きはじめたときに思っていたこと。
緊美研の会員たちは、目の前にどんな女性がいようとも、
本当に見ていたのは自分自身だったのではないかということです。
だからわたしが駿河問にされていようと、
筅の鞭で皮膚が裂けるほど叩かれていようと、

みんなはわたしを見ているのではない
わたしを通り越して、どこか別のところを見ているのだ
それは現実でなくてもかまわない
遥かな悠かなところへ、想いはとんでゆく
だから透きとおった身体は、どこまでも漂って
わたしはここにいることを忘れてしまう
自分の不在感を快く感じながら
この世のいっさいから乖離し
何もかもを手放す快感を曖昧に味わうのだ

ということを書きたかったのだと思います。

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[ 2016/02/07 22:23 ] 縛られること | TB(-) | CM(-)
プロフィール
春原 悠理 Youri Sunohara Facebook
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濡木痴夢男の緊縛美研究会の主宰です。
好きなもの:ねこ、チョコレート、雑多な読書、映画鑑賞

便利なものは苦手です。
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