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母性という病

若いころからずっと、子どものような男とばかり付き合ってきました。
それはその人の外見や、周りの人からその人がどう見られているかなどではなく、
わたしが「そう思う・そう感じる」人ということで、
きっと他の人からは見えない部分であるのかもしれません。
あるいは、多くの他者から「ダメな奴」と評価されてしまうような人。
社会的には死んでいるのと変わらないような人。
そんな人と出会うと、物理的にも精神的にも、
細かいことまであらゆるサポートをし、
「大切に守り育てる」というカタチをとっていたことが多かったような気がします。

それらの人たちに共通するのは「わたしよりも弱い部分があること」でした。
「母性のムダ遣いだよ」
と、友だちに言われたことがあります。
「本当の子どもの方がいいんじゃない? ガキみたいな男より」
とも。
たしかに。
当時から気づいてはいましたが、わたしはわたしがいないと生きてゆけない、
いろんな意味で。そんな男の子ばかりを好きになっていたのです。
でもそれは、本当に「母性」なのか?
何年か前から、たまにそんなことを考えるようになって、
わたしの「アレ」は、わたし自身が親に望んでいたことなのじゃないかと。
子どもの頃に、そういう欲求を素直に表現することができなかった。
拒絶されるのが怖くて、自分から甘えることができなかった。
それを他者に与えることで、わたし自身を満たそうとしていたのかもしれないな、
なんて思ってもいます。
だから、仮に相手の人がとても強くなり、
わたしを守ろうとか、わたしを幸せにしようとか、
そんな風に考えるようになると、途端に興味を失くしてしまうのです。
いつまでもわたしの保護下にいて、何も考えたりせずに
安全で温かい場所でぬくぬくと過ごしてほしい。
そんな、とてもグロテスクな愛情(と呼んではいけないのかもしれません)でした。

母性は、本能ではないのかもしれません。
生まれながらに誰もが持っているものではなく、
その人が生きてきた過程で、後天的に発生する愛情ではないかと。
昔、フェミニズムやジェンダーついて学んだとき、
「母性崩壊」という本を読んだことがあります。
もうあまり内容を憶えてはいないけど、著者は高齢の男性で、
「現代の女性は自分の権利ばかりを主張し、
男性と対等であることだけが良いことだと勘違いしていて、
母性本能が忘れ去られている」
なんて言い、フェミニストの女性たちとまるで
「目くそ鼻くそ」のような水掛け論を交わしていましたが、
そもそも本能であろうと、後天的なものであろうと、
すべての「女性」が持っているものでは、決してないという気がします。

わたし自身の「母性」を想うと、
それは他者を守り、慈しんで育てるというよりは、
他者を支配し取り込もうとする、いわゆる「グレートマザー」的な、
どう転んでもグロテスクなものに違いないと、
そんな悲しい結論になってしまうのです。

でもね、うちのにゃんずに対しては別。
わたしは、かぞくである彼らにずっと恋をしています。

「愛が孤独を救うことはない」と、誰かが言っていました。
「一瞬の恋だけが、人の孤独を忘れさせる」と。
だからその「一瞬」を「永遠」に。
永遠の想いをすべての一瞬に込めて、
わたしはいつでも恋をしている。
そうして、気づかないうちに一生を終えたいと、そう思う今日この頃 (。-_-。)

でもわたしは、孤独がとても好きだったりします。
わたしという人間は、きっと孤独に育てられたのではないかと思うくらいには。
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[ 2015/11/01 00:22 ] わたしのこと | TB(-) | CM(-)
プロフィール
春原 悠理 Youri Sunohara Facebook
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濡木痴夢男の緊縛美研究会の主宰です。
好きなもの:ねこ、チョコレート、雑多な読書、映画鑑賞

便利なものは苦手です。
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