本をいただきました

10年くらい前に知り合った方が、本が増えてお家に置いておけなくなったからと、
送ってくださいました。
女装が趣味の方です。
『女装』といっても、女性の服を着てメイクをして外出する…というのではなく、
下着だけ女性ものを着けて、こっそりと楽しんだりするのが好きな方です。

2009083122050873f.jpg

以前、緊美研の会員さんの中には、江戸時代の刑罰のような緊縛が好き、という方が
何人もいらしたので、そういった縛り方を取り入れたことが多くありました。
私も、また女囚縛りなど見てみたいです。
スポンサーサイト

[タグ未指定]
[ 2009/08/31 22:05 ] 日常 | TB(-) | CM(-)

映画『犬と猫と人間と』

わたしの家にはねこさんが二匹います。
生後2ヵ月でうちの子になってくれたきょうだいねこです。
わたしにとっては、かけがえのない家族です。

今日の記事は、緊美研とはまっ……たく関係ありません。
でも、緊美研ビデオの中で縛られるさまざまな女性たち、
その『人間』を描いてきた映像を愛してくださるみなさんに、
ぜひご覧頂きたい映画があります。
犬と猫と人間とです。

わたしたちも、犬も猫も、いきています。
命のあるものだから、生きてゆきます。
そんなことを、考えながら。

[タグ未指定]
[ 2009/08/26 23:09 ] 日常 | TB(-) | CM(-)

『アフター』をやりたい

昨日、みるくがお友だちの手伝いで参加したイベントに、会員のFさんが
いらして、みるくの本を購入してくださったそうです。
例会のときよりもお話することができて、みるくもとても嬉しかったそうで、
「アフターやりたいですね」
と言い出しました。

以前の緊美研では、例会が終わったあと、濡木先生とその日お時間のある会員さんたちが
どこかのお店で語らう…ということをしていたようなのですが、私は片付けやスタジオの人が
来るのを待っての清算など、会が終わったあとでも現場に残ってやることが色々あったので
そういう集まりに参加したことがなかったのです。
みるくは、自分のスタッフとしての働きに不安がいっぱいでしたので、以前から
会員さんたちとお話しをしてみたい、と言っていたのですが、例会の中ではなかなか
そんな時間が取れません。
「オフ会(例会自体オフですが)みたいに、別の機会に集まれればいいけど、
遠方の人はムリだし、難しいねぇ」
とチャンスがありませんでした。
でも、『アフター』!
それならできるかな?
「アフター」とは、みるくが参加するイベントの終了後、仲の良いサークルの人同士で
集まり、飲み会のような懇親会をすること…、まあイベント後ということで、そのまんまな
言い方ですが、それならいいかも!?
例会が終わるのは夕方早い時間だし、それなら遠くから参加している会員さんでも、
新幹線の時間を遅らせれば来られるかな……

ということで、早速濡木先生に相談してみようと思いますが、
例会終了後にみんなでお話ししたいと思っている会員さんはいらっしゃるでしょうか…?
毎回とはいかなくても、年内に一度くらいは機会を持ちたいと私も思っています。

[タグ未指定]
[ 2009/08/18 02:40 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

神田つばきさんのこと

神田つばきさんが初めて緊美研に参加してくれたのは、1998年5月10日、第141回目の例会でした。
不二企画にモデルとして応募されたのです。
その時の電話での印象は、ハキハキとした明るいマニア女性という感じで、近江亜紀さんを思い出しました。
その時神田さんは39歳でした。
『著しく体型が崩れているとか、ものすごく太っているとかいうことはありませんが、「ああ39歳だな」っていう身体です』
そう自分のことを私に伝えてくれた神田さんは、女性らしい、優しくたおやかな声と話し方で、頭の良い人、という印象でした。
面接当日、神田さんが先だったのか私が先に着いていたのか憶えていませんが、待ち合わせの喫茶店で会った神田さんは、電話のイメージ通りの女性でした。
一通りの挨拶を交わし、例会のことを説明し、何か質問はありませんか?不安なことはありますか?などと話したあと、普通の女友達のように普通の会話をしばらくしました。
この日のことは、あとになって
「最初からいっぱい話せたよね」
と私が言ったことに対し、
「そう言ってくれたのがとても嬉しかった」
と神田さんは思い出していました。
つまり、初めて会ったときから「気の合う」友だちのようだったのです。

そして例会当日、その日のモデルは西尾ゆきほちゃんと、やはり初参加で横浜から来られたマニア女性です。この方も緊美研ビデオをたくさんご覧になっていた、濡木先生のファンでした。
ゆきほちゃんのあと、横浜の女性が縛られたのですが、緊張のあまりおかしなテンションになってしまっていたのか、「羞美」とは違う、喩えていうなら小さな女の子が大人たちにウケようとして、逆に白けさせてしまう……そんなイタイ被虐の姿だったのです。
でも、この方もご自分なりに先生の縄を感じ、会員のみなさんに喜んでもらいたいと思っているんだな、ということはわかりました。同じ女性だからかもしれません。
やや白けた会場で、いよいよ神田さんの出番になりました。
神田さんはそのほっそりした肢体をしなやかにくねらせて、全身と魂で濡木先生の縄を感じようとするかのように美しいポーズを見せてくれました。
稼動域が広いなあ、と感心した高い後ろ手。猿ぐつわから漏れる声。
みんなが神田さんをみつめていました。
そのあと、神田さんはレギュラーのように緊美研例会にたくさん参加してくれたのです。

そして緊美研が休止になり、その後数年間は、仲の良いモデルの人たちと
「一ヶ月に一回くらいは会おうよ」
と、みんなで食事に行ったりしていました。
神田さんとは、2人でお芝居を観にいったこともありました。
私の切腹ビデオ『珠姫草紙』をとても気にいってくれ、
「珠姫を娘のように思う」
と言ってくれた神田さん。

そしてなかなかみんなの都合が合わずに、会えなくなって数年。
「ビデオのレーベルを立ち上げました」
と神田さんから連絡がありました。
それは、ほとんどの作品にご自身が出演されているレーベルで、内容はもちろん緊美研とはまったく違うものでした。
その随分前から、プライベートで神田さんと会った時に聞かされる話の内容に、私はいつもびっくりしていたのですが、神田さんの緊美研以外での出演作をご覧になったことのある人は多いと思いますのであえて書かせていただきます。
濡木先生がナイショ話に書かれていた、「残酷拷問我慢大会」のような内容だと推察されるものなのです。
でも、私は神田さんはそういうものを作っている方が輝くんじゃないかな…
とぼんやりと思ったのです。
神田さんは、私が見ていて
「この人は苦痛を感じることでしか自分が生きていることを実感出来ないんじゃないか」
と思うことがよくありました。
これは私が勝手に思っていたことなので、本当のことはわかりません。
でも、どうしてか神田さんはひどい責めを受けている刹那にものすごく幸せそうな、安らいだ表情をするときがあるのです。
いくつも見たわけではないのに、私の勝手な思い込みかもしれませんが、それが神田さんの幸せなのかなぁ、と思ったりもするのです。

神田さんについては、まだまだ思い出がいっぱいあります。
私は「かんちゃん」と呼んでいました。

そして、今日「緊美研.com」のトップにもあります、「DUGA」のサイトを見たところ、8月6日付けの新着でかんちゃんのレーベルが参加していたのを偶然見つけました。
たまにしか行ってみないのに、本当にびっくりしました。
緊美研が好きなみなさまには、決して受け入れられないような内容かもしれません。
でも、私はかんちゃんの『底の深さ』のようなものを感じ、そして頑張り続けているひとりの女性に感動したのです。

復活した緊美研に、かんちゃんが参加することは決してないと思いますが、私はトモダチとして応援したいです。


↓このバナーが神田さんのレーベル紹介ページです。
190-90.gif

[タグ未指定]
[ 2009/08/07 00:59 ] モデルのこと | TB(-) | CM(-)

フィグとガーデニア

子どものころに住んでいた家には小さな庭があり、実のなる木がいくつか植わっていました。
枇杷とぶどう、そしていちじくです。
誰が植えたのか大人たちに尋ねたことはありませんでしたが、私が生まれるずっと前からそこに根をおろしていたようです。
当時は祖母と祖父、父と母、弟、そして母方の叔父や伯母が何人か同居していた大所帯です。
狭い家ではありませんでしたが、現代の家庭事情からは想像もつかないような賑やかな毎日でした。

その果樹たちは、特に肥沃ではない普通の住宅地の庭にありながら、そして誰かがこまめに手入れをしていたわけでもないのに、甘く大きな果実を毎年揺らしてくれました。
その中でも、とりわけ無花果は夏になると大きな実をたくさんつけました。
毎日毎日、夕方近くに木に登り、(大人なら、背伸びして手を伸ばせばとれた高さだと思います)片手に抱えたカゴにいっぱい無花果の実をとるのです。
当然、家族だけでは食べきれませんので、近所のお宅に配って歩くのが私の日課でした。
お向かいの新川さん、二軒お隣の山下さん、そのはす向かいの西村さん……。
よそのおばさんの喜ぶ顔を見るのは、とても嬉しかったです。
毎日収穫していた私は、家族のだれよりも美味しく熟した実の見分け方が上手でした。
手触りや大きさ、膨らみ方、色艶や香りなど、柔らかく甘く熟した実を選び出すのは、とても楽しい作業でした。
小学校五年生のとき、家を改築することになりました。新しい家ができるまで、家族全員が一緒に暮らせる借家が見つからなかったので、小さなアパートを借りて数ヶ月間、みんなバラバラに暮らしました。
それまでみんなが生きていた家。その庭にあった、弟と私が遊んだブランコや小さな滑り台とともに、ぶどうも枇杷も、そして無花果の木もなくなりました。
その時の寂しさや悲しさ、どんな気持ちだったのか、どうしても思い出すことができません。
新築の家に引っ越したとき、嬉しかったのかどうか、あまり憶えていません。
大人になってから思い出すのは、古いモノクロ写真で見ているからなのかも知れませんが、誰もいない庭で揺れているブランコと無花果の木の様子です。
真夏の強い日差しの下で、日傘を差している誰かの影とともに、それらはひっそりと写っています。
無花果の曲がった枝の影が、対面式になっているブランコのステップのあたりを黒く沈ませています。
そのブランコは確か、赤い色で塗られていました。
その横に、弟の足漕ぎ式のスポーツカー。
家族がいちばん多かった、楽しい頃でした。

最近ではドライフルーツのショップなどでも、よく無花果を見かけます。
でもそれには『フィグ』というプレートがついていて、記憶の中の『無花果』と同じだとは、どうしても思えないのです。
乾燥させたものは、あんずでもいちごでも生のものより縮むのは当たり前ですが、
「こんな小さい無花果なんてイヤっ!」
と、どうしても口に入れる気にはなれません。
生で売られているものでも、初めてデパートの地下で見た時は衝撃的でした。
私にとって、無花果は「買う」ものではなかったからです。
なんだか、子どものころの大切な思い出を踏みにじられたような、場違いな怒りを感じて、その時に買うはずだった桃を忘れて帰ってしまいました。

それからもうひとつ、くちなしの花も、私にとっていちじくと同じように売っていてはいけないものの一つです。
家を改築したあと、玄関の脇に祖母がくちなしの苗を植えました。
いつからあんなに大きく美しい花をつけるようになったのか、その記憶は曖昧ですが、祖母が丹精して咲かせるくちなしは、それはもう見事な色と質感の花びらを持つ花でした。
この世の中に、あんなにも美しい「白」があるのか、あんなにも香しい花が存在するのかと思うほど、その花の色と香りは今でも鮮明に甦ってきます。
そのくちなしが咲く玄関前の情景は、馥郁とした記憶です。
葉の一枚一枚を裏返して、害虫がついていないかと丁寧に育てていた祖母。
その祖母が高齢になって自分でくちなしの世話ができなくなったとき、害虫が増えるからといった理由で、伯母の一人がその木を撤去しました。それは仕方のないことです。
私はとうに大人になって家を出ていたので、しばらくの間くちなしがなくなったことも知りませんでした。
あるとき祖母に会いに行って知ったのですが、祖母はとても悲しんでいました。
「なにも伐っちゃわなくてもねぇ…」
その悲しそうな横顔と、十数年前にくちなしの世話をしていた楽しそうな祖母の顔が重なって、私は何も気の利いたことを言えませんでした。
初めてお花屋さんで売られているくちなしを見つけたとき、その香りが何か人工的なものを含んでいるように感じられて、ちょっとイヤでした。

だから、「フィグ」も「ガーデニア」も、私にとってはウソっぽく感じられて、その名前も好きになれません。

今日は一日雨だったからか、よくわからないことを書いてしまいました。
「追記」にすればよかったです……

[タグ未指定]
[ 2009/08/03 01:24 ] 日常 | TB(-) | CM(-)
プロフィール
春原 悠理 Youri Sunohara Facebook
Twitter

濡木痴夢男の緊縛美研究会の主宰です。
好きなもの:ねこ、チョコレート、雑多な読書、映画鑑賞

便利なものは苦手です。
DUGAでダウンロード

アダルト動画検索(18禁)

アダルト動画 DUGA



不二企画

アダルト動画 DUGA -デュガ-
アダルトレーベル紹介
夢流想倶楽部
▲濡木痴夢男の緊縛参加も!▲

シネマジック
▲濡木痴夢男の緊縛参加も!▲

杉浦則夫緊縛桟敷 新世界 関西マニア倶楽部
▲月額登録でお得に▲

隷嬢寫眞館
メスブタ.com