先生のやさしさ

先日の例会の中で、
「西湖の民宿に一泊して、ビデオを四本撮影した」
という話を濡木先生が何かの拍子でしていました。
あの時は、私と早乙女宏美ちゃんがモデルで、切腹ビデオを二本と緊美研ビデオを二本撮ったのでした。
切腹の方は、「美女剣士・二人切腹」と「女腹切り・聖餐」です。
緊美研ビデオは「艶麗和服縛り・縄妖花(春原)」と「屋根裏の緊縛・駿河問い縄地獄(宏美ちゃん)」です。
東京ではもう桜が終わっていたころでしたが、富士山に近づくにつれ、高速道路から見える景色が寒そうになってゆきました。
到着した西湖の周辺では、梅の花がようやく満開になった…そんな感じでした。
新宿に集合して一台の車に乗り込み、撮影場所である民宿に到着し、スタッフが楽しそうに傷口や内臓など特殊メイクの準備をし、私と宏美ちゃんは袴を着けて男装のメイクをしました。
このビデオは、すべてのシーンが戸外で撮られました。
男装した姉妹に扮した宏美ちゃんと私が、二人とも自分のお腹を切り裂いて地面の上で息絶えます。
その前に、姉役である私が先に逝った妹の亡骸に着物を掛けて泣くシーンがあったのですが、濡木先生は後ろのほうで
「悠理はほんとに泣いてるよ」
と言いながら、自分ももらい泣きしていました。
不二企画のビデオはすべてがアドリブで、この作品も男装の姉妹が剣士となり、敵に追われて切腹する……ということしか決まっていませんでした。
最後のシーンを撮影する頃にはもう日暮れ間近で、やっと梅が咲いている富士山周辺では、急激に気温が下がりました。
お腹から下にたっぷりと血糊を浴びていた私たちは、その冷たさに体温を奪われ、先に死んでいる宏美ちゃんも地面の上で震えてしまうほどでした。
だから、私は脱ぎ捨ててあった宏美ちゃんの着物を血まみれの手で引きずり寄せて、その身体に掛けてあげたのです。もちろん顔は隠しません。数分後に私も死んだ後、二人の死んだ姿を写すからです。
まだ温かい妹の亡骸を着物越しにさすっていると、あるはずのない姉妹の情景が目に浮かびました。
一緒に飾ったおひな様。母さまに作ってもらったお手玉遊び。幼い妹の姿を想い、こんな死に方をさせることしかできない姉である自分を恥じました。
先生にも、もしかしたらそんな仲のよい姉妹の様子が見えていたのかもしれません。

その夜に私の緊縛ビデオが撮られ、翌日の夕方に宏美ちゃんの駿河問いが撮られました。
その前、二日目の昼に私の看護婦姿での切腹ビデオ「聖餐」の撮影がありました。
これは、設定もストーリーも何もかもが曖昧な、ただ白衣の女性が屋根裏部屋でお腹を切って死ぬという、見る人によってどうとでもとれる作品です。
この撮影が終わったあと、同じ場所で宏美ちゃんの撮影をすることになりましたので、スタッフはみんなその準備にとりかかっていました。
私一人だけが一階に降り、寒いお風呂場で身体を洗っていました。
血の海の中でナルシズムに浸って静かにのた打ち回ったので、全身が血糊まみれでした。
背中についた濃い血は、一人では落とせません。
まあ、適当に洗っといて家に帰ったらちゃんと落とせばいいや……

切腹ビデオは気持ちの入り方がハンパじゃないので、撮影後は精神に相当なダメージが残ります。
もちろん模造刀ですが、何度も力を込めてなぞった身体中の皮膚には、うっすらと赤い筋がついています。
縄の痕のようにその傷を愛しんで、そしてこんな時に寒いお風呂場で誰からもケアしてもらえず、一人ぼっちの自分が情けなくて、湯船に顔をつけてちょっと悲しんでいました。
すると、宏美ちゃんの撮影準備は俺には関係ないから、と言って、濡木先生がお風呂場に入ってきました。
そしてズボンの裾をまくり、私の背中をタオルで流してくれたのです。
ものすごく心にしみる、先生の優しさでした。
このことは、勿体なくて誰にも話していません。
十年以上経って、はじめて書ける場所ができました。

先生、ありがとう。
あのときは嬉しくて泣いちゃって、ちゃんと言えなかったけど、ほんとにありがとう。
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[ 2009/05/31 03:03 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

沢戸冬木さんの撮影

嬉しいお知らせです!
いえ、私がうれしいです♪
さきほど沢戸冬木さんと電話でお話しし、ビデオ出演OKのお返事をいただきました。
来月、その撮影を行います。
濡木先生の縄をうけた冬木さんが、こんどはどんなふうに反応するのか、どんな素敵な表情を見せてくれるのか、とても楽しみです。ドキドキします。
先日、ビデオ撮りのことを初めて打診したときと今日、二度お話しさせていただきました。
例会の日には挨拶程度しか言葉を交わせずにいましたが、冬木さんて、すごく可愛いです!!
電話の向こうのその声は、少し鼻にかかったようで愛らしく、ご本人の様子を思い浮かべるとちょっとズレがあるような、大人一歩手前の少女のような甘い声なのです。そして、これはたぶん春原の己惚れでしょうが、
「甘えてくれている!」
と感じさせてくれるような、女性らしい話し方。感激でした。

日程などはこれからスタッフが調整して決定します。
早ければ次回の例会のときには編集が終わっているかもしれません。

みなさん、楽しみにおまちくださいね。

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[ 2009/05/28 01:07 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

緊美研・ビデオ撮影

再開した緊美研・来月からは過去にたくさん制作してきた「Sシリーズ」の撮影も始めます。
これは例会とは違って会員参加はなく、濡木先生と縛られる女性との濃密な世界を撮りおろすものです。
まず出演をお願いしたいと思っているのは、先日の緊美研例会でとても美しく感動的な縄酔いを見せてくれた沢戸冬木さんです。
あの日とはまた違った冬木さんの魅力に触れてみたいと、先生も私もワクワクしています。
冬木さんは引き受けてくださるでしょうか?

ちょっとドキドキです

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[ 2009/05/25 00:58 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

近江亜紀さんのこと ②

亜紀さんをずっと支えてくれていた会員のYSさんは、もともと会員だったのではなく、亜紀さんが出演していた緊美研ビデオをご覧になり、不二企画に連絡をくださったのでした。
「『K-29』にでている女性、私は以前からあの子のファンだったのですが、近江亜紀というモデル名からして、絶対に自分が知っている子のはずなんです。近江というのは滋賀県に住んでいるということですよね」
「K-29」は、亜紀さんが初めて緊美研に参加してくれたときの、紺色の浴衣を着て縛られたあの時の映像を収めたビデオです。
当時のこのシリーズは、30分という短い作品にもかかわらず、前半・後半の15分ずつに別のモデルのクライマックス的緊縛シーンを収録するという、たいへん贅沢というか勿体ないというか、物足りないというか、そんなビデオでした。ちなみに、亜紀さんと半分こに収録されていたのは、早乙女宏美ちゃんと私の、日本庭園での連縛映像でした。
そのYSさんのお話しを伺うと、亜紀さんが他の「SM」ショーなどに出演していたのをご覧になり、すっかりファンになったのだが、プロのモデルなのか、名前も所属も何もわからず、何年も探しあぐねていたということでした。
緊美研ビデオを見つけられたのは本当に幸運だったと、YSさんはおっしゃっていました。
「運命的な出会い」です。私は感動しました。
何年も想っていた女性との再会です。しかも、亜紀さんはステージの上で縛られていたので、客席にいたYSさんのことは知りません。
YSさんだけが長い間亜紀さんを想い続けていたのです。それが、直接会って間近で見つめ、言葉を交わし、自分のことを知ってもらえる。素敵なことです。
YSさんは、亜紀さんのことが本当に大好きで、本当に大切にされていました。
何度か、例会の中ではなく亜紀さんのビデオ撮影をしたことがあります。SシリーズやPシリーズなどです。
あるとき、YSさんもその撮影に見学参加されることになったのです。
(この例会以外のビデオ撮影は月に一、二度行われており、見学に参加される会員さんがいました)
スタジオでの撮影が終わり、私は不二企画が用意しておいたホテルまで亜紀さんを送るためにYSさんと亜紀さんと三人でタクシーに乗りました。
フロントで私がチェックインしている間、心地よい疲労に酔ったように、ほどけた表情をしている亜紀さんを、YSさんはお父さんのような優しい顔でいたわっていました。
部屋の鍵を受け取り、ロビーで待つ二人に近づいたときにはっと気付いたのですが、私が予約しておいたのはレディースフロアです。こんなに亜紀さんをいとおしんでいるYSさんを、優しい亜紀さんはきっと、お部屋に案内してゆったりとした気分で一緒にお茶を飲んだりしたいと、思ったはずです。
でも、お部屋どころか男性であるYSさんは、そのフロアに下りることさえできません。
亜紀さんはさみしいだろうな、とその時思いました。
濡木先生の縄を受け、厳しい責めを受けたそのあと、ほっと緊張が解けてさっきまでとはまったく別の「おんなの顔」に戻ったとき、そんな時に自分を本当に想ってくれる優しい男性がそばにいてくれたら、亜紀さんはものすごく幸せを感じることができたはずだと思ったのです。
でも、YSさんが亜紀さんのことをとてもとても大切にしているということを本当の意味で私が知ったのは、亜紀さんが最後の入院生活を送っているときでした。
前回の記事で、私は彦根城の近くにある亜紀さんの入院先にお見舞いに行ったと書きました。
病室で何時間も話し、私は持参した小さなビデオカメラで病床の亜紀さんを撮影しました。
それまでに何度も話したように、亜紀さんの今までの「SM」経験、うんと年上でその数年前に亡くなってしまったご主人のこと、YSさんのこと……。
私は亜紀さんに
「女に生まれてよかったと思ってる?」
と訊ねました。
亜紀さんはちょっと笑って、
「そうね」
と答えてくれました。
そうして撮影したテープは、約一時間ありました。亜紀さんはよく笑いました。弱々しくなってはいたけれど、その笑顔は以前と変わりませんでした。私はなぜかそれがとても悲しくて、いけないと思いながらも病室でつい泣いてしまいました。
ベッドの上で亜紀さんは笑っている。
まもなく死を迎えようとしているひとが穏やかに笑っているのに……。私はとても恥ずかしかったです。その直後、当時中学生だった亜紀さんのお嬢さんが病室に入って来ました。
数年前に亜紀さんのビデオ撮りをしたとき、下の男の子とこのお嬢さんも一緒に上京していたのです。当時はまだ小学生でしたが、甘えんぼで私に抱っこされていた弟と違い、このお姉ちゃんは、とてもしっかりした女の子でした。
その日亜紀さんは、撮影のため私と一緒に出掛けなければなりませんでしたが、寂しそうな顔も見せずホテルまで来てもらったシッターさんにもきちんと挨拶をしていました。
お母さんと弟と、三人で来る初めての東京。本当ならディズニーランドにでも連れて行ってあげたかったですが、私もカメラマンとして撮影に関わっていたので、二人の子どもたちにとても申し訳ない気持ちでした。
あの時の女の子と再会できたことが、私は嬉しかったのです。彼女は私のことを憶えていてくれました。ジャージ通学の学校なのか、校章の刺繍が胸に入った赤いジャージ姿でベッドの横に立ち、亜紀さんから洗濯物を受け取って帰っていきました。
私は、もう少し何か言葉を掛けたかったのですが、何も思いつきませんでした。
お嬢さんが帰ったあと、少しの間しんとした空気がながれました。
亜紀さんの顔には、「母」「家族」としての切ない表情がありました。
「私はねえ、あの子たちのお母さんとしてよりも、ずっと自分の女の部分を見てきたようで、今さらだけど悪かったと思うのよねえ」
亜紀さんがぽつりと言いました。少し笑ったままでした。
私は亜紀さんのその言葉に何も応えられず、黙って亜紀さんの背中をさすり続けました。
窓の外は、もう真っ暗になっていました。そろそろここを出ないと帰りの新幹線がなくなってしまう。
名残惜しかったです。とてもとても。
「これが最後かしらね、もう悠理さんには会えないのかしら」
「また来るよ。だから待ってて」
そして、ベッドの上の亜紀さんをぎゅうっと抱きしめました。
その私の腕に伝わってくる亜紀さんの身体は、想像していたよりも、今までに知っていた亜紀さんの身体よりもずっとずっと小さく感じられて、ただただ悲しかったです。
誰かが亡くなってしまうこと。
その人が死んでしまうこと自体より、もう絶対に元気になることはないんだ、もうこの命は尽きるしかないんだ、と認めることの方が、私にとってはつらいときです。

それからしばらくして、不二企画にYSさんからお電話がありました。
「きのう、亜紀さんが亡くなったよ」
その前日、病室の亜紀さんから電話をもらったばかりでした。
「痛いけど、まあ仕方ないね。また悠理さんに会いたいな」
短い通話でしたが、電話の向こうで亜紀さんは笑っていました。
だから私には、今でも亜紀さんの笑顔ばかりが残っていて、思い出すとつられて微笑んでしまうのです。
ずっと緊美研のスタッフとして多くの女性たちを見てきましたが、亜紀さんがいちばん深く関わったというか、友だちに打ち明けるように色々なことを私に聞かせてくれたので、やはり一番心にのこっています。
そして、亡くなって十年過ぎた今でも、時々その笑顔を思い出します。

YSさんは、亜紀さんと同じ地方に住んでいた方なので、何度も会っていたそうです。
病室の亜紀さんに訊いて驚いたというか予想通りというか、YSさんは亜紀さんがどんなに「男と女」の関係になりたいと言っても、「あなたは大切な人であり、一緒に病気と闘う戦友だから」と言って、ただ精神面と経済面で亜紀さんを支え、そして二人のお子さんへのさまざま支援という形でしか関わっていなかったそうです。
亜紀さんが亡くなったあとも、高校へ進学するお嬢さんの相談にのったりと、二人のお子さんの心の支えになっていらしたようです。
そのYSさんとも次第に連絡が途絶えてしまい、今はどうされているのかはわかりません。
亜紀さんのお嬢さんも、もう立派な大人になっています。
病室で話したとき、「看護婦になりたい」と言っていましたが、きっと今では病気の人たちの支えになって活躍しているのだと思います。

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[ 2009/05/22 17:31 ] モデルのこと | TB(-) | CM(-)

緊美研へのおたより

今日、不二企画に一通の封書が届きました。

中を開けてみると、一枚の便箋に緊美研再開を喜んでくださる言葉が書かれていたのですが、
その宛名は
「不二企画様・緊美研にご参加の皆様へ」
となっていました。
今までにたくさんのお便りをいただいてきましたが、「参加の会員さんたち」へも
『おめでとう』の言葉を下さったのは、この方が初めてでした。

現在は体調を崩されてご実家に戻られているそうです。
封筒の裏に記された住所を拝見すると、東京からはとても遠い場所でした。
「直接の参加はできなくとも応援しています」
そんなお便りは、とても心に響きました。

緊美研をずっと続けてゆくには、参加される会員さんたちの力も大切であると、
この方はお考えなのだと思います。
私も、その通りだと改めて思いました。
T様、温かいお便りをありがとうございました。
早くお元気になってくださいね。私も陰ながらT様のご健康をお祈りいたします。

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[ 2009/05/19 00:46 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

トリュフショコラ

例会のとき、ひっそりと入り口のほうに座っていた叶ひとみさん。
そのひとみさんから、あの日お菓子をいただきました!
綺麗なオレンジ色の紙袋にはいった、同じ色の箱。
家に帰って中を見ると、ショコラがたくさん並んだ写真のカードがついていて、
「こんな大きい箱にショコラが!?一体いくつ入ってるの?」と驚いたのですが、
開けてみたら上品なパッケージの焼き菓子がみっつ入っていました。
そうですよね。あの日は真夏のように暑い日だったので、ショコラだったら溶けてしまいます。


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「トリュフショコラ」と書かれたその焼き菓子ですが、なんだか勿体なくて
すぐに食べる気にはなれません。
「あれをやったら」「これを片付けたら」と『自分ご褒美』にしよう!と決めて
一昨日の夜、やっといただくことができました。
ビターな香りのしっとりとしたショコラ生地の中に、
とろりと滑らかなチョコレートがはいっていました。官能的な舌触りでした。
洋酒の香りがきいていて、とても美味しかったです。
私はお酒が飲めないのですが、喉の奥がほわほわと温かく、心地よかったです。
明日は雨になるそうですが、「ベランダをデッキブラシで水洗い」したら、また
おやつにいただこうと思ってます。

次回の例会も、また来てくれるでしょうか。
実は、私はひとみさんと4月の下旬に一度お会いしましたが、そのときは
初対面で緊張されていたのか、後ろで一つにまとめた髪型の印象だったのか、
先日の例会にいらしたとき、ものすごく可愛い人だ!とびっくりしたのです。
また会いたいと思っています。
濡木先生に縛られたひとみさんの写真を撮ってみたいです。



ひとみさん、ありがとうございました。

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[ 2009/05/17 01:40 ] モデルのこと | TB(-) | CM(-)

史上最長(春原ブログ比)のコメント!!

田端さん!
ものすごーく長いコメントというかメールをありがとうございました。
私は5、6年前から別のブログをやっていますが、(緊縛とは無関係な内容です)こんなに長く面白いコメントをいただいたのは初めてです。感激です。
最長で、しかも残念ながら内容的にもブログ上では公開できないので、私からのレス代わりとして記事にさせていただきます。

田端さんのおっしゃること、いちいち頷いてしまいました。
「うん、わかるわかる」って。
「縄の痕」の記事についてのコメントも、そうなんです。

>「厳しく縛られているとき」と「手首(等身体の一部)の縄の跡をいとおしく思っている時」の妖気は
>同じくらい激しいとは思うのですが、質はそれぞれ違うのではないかな?

その妖気の質は、本当にまったく違うものだと私も思います。「思います」というよりも、自分の経験的にはっきりと違います。まったく別モノです。
そしてどちらもすごく大切なものです。
そこらへんのこととか、「締めつけ感」「窮屈感」などについても、ゆっくりじっくり語りたいです~!
緊美研の例会とは別に、いつか会員のみなさんと語るための会を開催できたらいいな、と思いました。

みなさんが考えていること、みなさんの妄想をもっとうかがいたいです。
早く次の例会にならないかな。
近日中に先生と相談して決定しますね。

みなさま、もうしばらくお待ちくださいませ。

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[ 2009/05/15 01:45 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

縄の痕

みるくのブログに、十日の例会で縛られた私の写真がアップされていました。いやぁ、恥ずかしいですね。なんとも言えず……。
初めて撮る緊縛写真、みるくも緊張しながら頑張っていました。
現在レポートを作成中のようです。今週末くらいまでには宏美ちゃん、冬木さんの写真とともにアップできそうです。

昨夜(と言っても日付的には一昨日ですね)お風呂に入ったときに、初めは気付かなかったのですが、ブラシで身体を洗っていると、腕の付け根あたりがちょっと痛い……
これはもしかして…と鏡に映してみると、うっすらと縄目がついていたんです♪
皮膚がほんのり赤くなっていて、一部は血が滲んだように赤くなっている。
嬉しい。
たった三分でもしるしをのこしてくれた先生の麻縄に感謝。
自分の弱い皮膚に感謝。もっと体重を掛ければよかったと後悔。

以前は、どちらがより酷い痕をつけることができるか、よく宏美ちゃんと競っていました。
たいていは宏美ちゃんの方が濃くついていて、
「先生、ずるい。ひいきしてる」
と、濡木先生に抗議(?)したことも何度かありました。
懐かしいです。

次回は誰がどんな痕をつけて家に帰るのか。
バスタブに浸かりながら、手首についた縄の痕にそっと唇を寄せる女性を、ご覧になったことがありますか?
縄を纏っていなくても、厳しく縛られているときと同様の妖気を発しているはずです。

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[ 2009/05/12 04:37 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

おつかれさまでした

再開第一回目の緊美研。
通算では百五十一回でした。
今日が初参加の方がほとんどでしたが、濡木先生の大好きな「和気あいあい」とした雰囲気は以前と変わらず、むしろ休止する頃の例会の時よりも、みなさん生き生きとして楽しそうでした。
先生も新しい会員さんたちとたくさんお話しができて、解散までとっても嬉しそうでしたよ。

宏美ちゃんの緊縛美…久しぶりに見ましたが、やはり可愛い女性はいつも・いつまでも可愛いです。
以前よりも、いろんなものが取れてその分素直になったというか(素直というのは失礼でしょうか)、柔和になったというか、宏美ちゃん自身も楽しんでくれていたら嬉しいです。

私が突然縛られたのには他人事のように驚きましたが、「別冊緊美研通信」のグラビア以来ですから、十年のブランクがあったとは思えないくらい、先生の縄は二の腕に染み入るように馴染んでくれました。胸の縄を梁にかけられ、そこに体重を預けるときのなんとも言えない浮揚感・安心感・孤独感……あらゆるパラドクスが一瞬にして脳内を満たす、いわゆる「めくるめく恍惚感」です。
それは、実際に縛られている時間の長さとは無関係に私を支配します。
鑑賞してくださったみなさま、ありがとうございました。
身体が随分と固くなっていますが、これならみるくの要望に応えられる…かも!?
と密かに嬉しかったです。

ずっと出入り口の方に座っていた可愛くて美しい女性、みなさんにはきちんとご紹介もできませんでしたが、彼女は「叶 ひとみ」さんです。
また来てくれると思います。来てもらいましょう

参加してくださった数名の方から、すでに緊美研あてにメールをいただきました。
ありがとうございます。
楽しんでいただけたようで、本当に嬉しいです。

取り急ぎ、無事に開催できたことの報告のつもりでしたが、つい長くなってしまいました。
詳しいレポは、後日みるくがサイトにアップさせていただきます。
写真も掲載予定ですので、ぜひご覧になってください。

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[ 2009/05/10 23:55 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)

駿河問い

みるくに
「悠理さんの駿河問いが見たい。いつかお願いします」
と言われました。

写真じゃだめ?

「生で見たいです」
 
三年くらい前に股関節を傷めてから、腰が痛いときがあるので
そんな厳しい吊りは、もう無理だと思うよ。

でも、せっかく緊美研が復活したんだし、もう一度吊られてみたい気はあります。
むしろ「気」だけは満々です。

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[ 2009/05/09 19:22 ] 緊美研 | TB(-) | CM(-)
プロフィール
春原 悠理 Youri Sunohara Facebook
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濡木痴夢男の緊縛美研究会の主宰です。
好きなもの:ねこ、チョコレート、雑多な読書、映画鑑賞

便利なものは苦手です。
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