かき氷の水(すい)

何年も前に、無花果とくちなしのことを書きました。 ⇒「フィグとガーデニア」
その時も、わたしに家族がたくさんいた頃のことを書きましたが、
その中でも「祖母・おばあちゃん」との記憶がまぶたによみがえることが
最近とても多いのです。
今日は、かき氷の水(すい)でした。

家で冷たいコーヒーを淹れるとき、わたしはあ・ま~いのしか飲めないので、
ガムシロップを自分で作っています。
以前は、お店で出されるポーションのものを買っていましたが、
今年から自家製(というほど特別なものではありませんが)です。
コーヒーケトルでお湯を沸かし、その間にお豆をひきます。
手回しタイプのもあるのですが、とても肩が凝るので、
今は電動のグラインダーを使っています。
これは以前、コーヒー豆ではない物をひいてブレードが割れたこともあり、
三台目のマシンです。
アイスコーヒーの時は、ホットの倍量のお豆をひいてセットします。
お湯が沸いたら、少し注いで蒸らして・・・と、誰でもご存知の工程を行い、
氷を沢山入れたグラスに注ぎ、ガムシロップとたっぷりのミルクを入れます。
ミネラルウオーターとグラニュー糖を沸騰させたガムシロップは、
とろりとしてとてもまろやかな味わいです。
指にとって少量なめてみると、たちまち8歳の頃のわたしに戻っていました。

お祭りの夜、おばあちゃんと一緒に行ったお寺の境内には、
たくさんの夜店が並んでいました。
弟は綿菓子を、従妹たちはりんご飴を買ってもらっていましたが、
ベタベタした外側には埃や虫が張り付きそうで気持ちが悪く、
わたしはかき氷を買ってもらうことにしました。

いちごミルクください。

わたしが言うと、おばあちゃんは

私はスイ。

スイ? おばあちゃんの名前は○○なのに・・・
と思っていると、透明なシロップがかかった、
なんの面白みもないかき氷が出され、
受け取ったおばあちゃんは、それを美味しそうに食べていました。

スイってなあに?

スイはこれよ。食べてみる?

差し出されたスプーンを口に入れると、ただ甘いだけの、
つまらないかき氷でした。

なにこれ? 砂糖水じゃん・・・
そう思ったわたしは、美味しくないね、と言ってスプーンを返しました。

そんなわたしに、おばあちゃんはふふふ、と笑い、

大人になったらわかるわよ。

と言ったのでした。

今、わたしはスイの味がわかります。
うちで作ったガムシロップは、ただ甘ったるいだけの砂糖水ではなく、
まろやかでやさしい、「スイ」の味です。
もうずっと前から、カキ氷屋さんの店先でも「スイ」の字を見ることはなくなりました。
今では、スイを注文する人はいないのでしょうか。
グラニュー糖よりも和三盆で作ったら、きっともっとスイの味に近くなりそう。
明日は、和三盆を買いに行きます。

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[ 2015/07/08 03:10 ] おもいで | TB(-) | CM(-)

小さな空と睡蓮の鉢

緊縛美研究会が遠方の会員とマニアために制作した「緊美研ビデオ」
例会とは別に、月一回のペースで撮影するシリーズがありました。
わたしがスタッフに加わり、ビデオメーカーとして活動し始めた頃、
例会やビデオ撮りの帰りには、新宿にあった不二企画の事務所に寄り、
機材を搬入したあとに、その日撮ったビデオをチェックするのが習慣でした。
濡木痴夢男と、カメラマンの不二秋夫、そしてわたし。
撮ったばかりのテープを再生して、反省したり大笑いをしたりと、
夜が更けてゆくのも気にせずに、
何時間でも話をしていました。
当時、90年ごろはまだ世の中の景気がよく、
終電を逃すと、始発が出る時間になるまでは
タクシーをつかまえることもできません。
同じ方向だったため、わたしは不二秋夫の車で一緒に帰っていましたが、
せんちゃん(濡木痴夢男)は目黒に住んでいたので、
タクシーをひろうため、二時間も大通りで待ったこともありました。
「じゃあ俺は先に帰るよ」
と言って事務所を出て、
「ダメだダメだ、空のタクシーなんか通りゃしない」
と、大声で言いながら事務所に戻ってきたり。

撮影のあとにたくさん話をし、出前で食事を済ませると、
心地良い疲れを感じながら、みんな眠くなってしまうのです。
そうすると、床の上にバスタオルを敷いて、
3人でベランダの窓を開け放して横になりました。
人がすれ違えないくらいの、奥行も幅も小さなベランダです。
そちら側に頭を向けて、わたしが真ん中に入り、
さかさまに見える景色をぼんやりと眺めながら、
みんなでウトウトするのです。
時々、せんちゃんが何か言います。
それに不二秋夫が答えて、
「じゃあそれは来月悠理でやろう」
と、必ずせんちゃんは言いました。
だらだらと話しながら、小さな四角い空を見上げて、
わたしは満ち足りた想いを味わっていました。
突然、不二秋夫が身体を起こしてせんちゃんに言います。
「先生、こいつね、俺と先生の間でこうやってるの、
すごーく幸せなんだよ」
「えーっ、なにー? 悠理はヘンな子だな。
こんなののどこがいいわけ?」
ふふふ・・・とわたしは何も答えませんでしたが、
とても幸せでした。
ずっと続くと思っていた、「最強の3人」幻想。

「あと40年して、俺も悠理もじじばばになってさ、
先生なんかもうヨボヨボだろうけど、
そしたら広くて庭のある日本家屋を事務所にして、
3人で縁側に並んで座って、桜を見たり団子食ったり、
みんな年寄りで思い出話しか出来ないかもしれないけど、
でもそうやって、一緒になんかしたいよね」
不二秋夫がしみじみ言いました。
せんちゃんも、まどろみながら「うう~ん」と返事をします。

わたしのまな裏には、
陽炎が立つ真夏の庭に大きな鉢があり、
その中には白とピンクの睡蓮が咲いていて、
近づいて覗き込むと、赤い金魚がゆらゆら泳ぐ、
そんな光景が浮かびました。
その向こうには、縁側で笑うせんちゃん。

でもいつからか、いろいろなことが少しずつ変わってゆき、
濡木痴夢男がいない今、わたしはそんな思い出を持て余しています。

201405302318535f0.jpg
縁側・庭石・睡蓮鉢
せんちゃんと一緒に、金魚にえさをあげたかったな

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[ 2014/05/31 01:45 ] おもいで | TB(-) | CM(-)

肥溜めに入る ①

「肥溜めに落ちると気が狂うんだって、知ってる?」

先日、知人から突然訊かれました。
いやぁ、そんなの聞いたことないけど、ほんとう?

彼はちょっと興奮気味に続けます。
「知らないのかぁ、ユーリィ(You-Leeという感じの発音で)。もったいないなぁ」
クフフ……となんだか得意気に笑うリッキー。
リッキーはドイツ出身の人で、もう二十年以上前に来日し、
当時は外国人が大勢出るテレビのバラエティ番組などに出演したこともある、
もともとはタレント志望の男性です。
わたしとは、あるバンドのPVに出演したことがきっかけで知り合いになり、
今でも時々話しています。
ずっと日本で暮らしていて、仕事はどうしてるんだろうと思っていたら、
現在は自称・彫刻家なんだそうですが、それで生活が成り立つとも思えない。
日本人の奥様は陶芸家です。
今はネットショップを活用し、日常に使うにはちょっと贅沢・・・というような
食器を製作され、けっこう繁盛しているのだとか。
まあ、いい夫婦のようです。

で、「肥溜めに入る」のは、そのご夫婦のお話です。

「肥溜めに落ちると気が狂う」
と誰かから教えられたリッキーは、それ以来ずっとそれに憧れていました。
出身地のドイツではどんなおうちに住んでいたのか知りませんが、
きっと日本の地方にある、農家さんの家を想像していたんだと思います。
「肥溜め」がある家・・・
わたしも以前、山梨県の田舎にある友人の実家に遊びに行ったとき、
そこのトイレはいわゆる「ぼっとん」でしたが、肥溜めとは違ったと思います。
ぼっとんトイレのおうちは、玄関を入ると、すでになんとなく
排泄物が発酵したような臭いが漂っています。
でも、ブラウン様自体がそこにある臭いとは違い、
まろやかで柔らかい印象の臭いになっています。
ああ、あれが畑にまかれて肥料になるんだな・・・と微笑ましいような。

リッキーの言葉を聞いて、わたしも想像してみました。
肥溜めの中は、きっと今まで嗅いだことのないような臭いで、
発酵したブラウン様は、ほんわかと温かいことでしょう。
入ってみたい、という気持ちも、ちょっと解らないでもありません。

でも、肥溜めだよっ!?
ほんとに気が狂ったらどうするの?

気が狂ったら、自分が狂ったっのかわらないから、いいよ(フフッ)

そんな無責任な・・・
いや、そういう問題じゃなくて
でも、現にリッキーは狂っていないわけだし、入った、んだよ、ね?

入ったよ~! ユーリィ!

その先を聞くのはちょっと怖いけど、
食べ物をシェアするのも微妙だけど(カフェごはん中でした・・・)、
でも、すっごく楽しみだぁー。

つづきます。

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[ 2012/07/08 23:07 ] おもいで | TB(-) | CM(-)

手脚のないお姉さん

子どもの頃、うちの裏手を少し進んだところに、同じ苗字の家がありました。
うちと一番地違いの住所だったので、ときどき、その家の郵便物が
誤配されてくるのです。

「間違えてきてましたって、届けてあげてね」

祖母にそう言われ、同じ苗字のおうちに届けられるはずだった郵便物を運ぶのは、
主にわたしの役目でした。
その家には、5,6歳当時のわたしから見れば「お爺ちゃん、お婆ちゃん」という
外見のご夫婦が暮らしていました。

玄関の引き戸をカラカラと開け、「こんにちはー」と中に声をかけます。
狭い玄関は小さな板の間に続いており、すぐに畳敷きの通路兼居室のような造りに
なっていたと記憶しています。
その畳敷きの部屋は二畳くらいの広さで、小さな文机と電話台があり、
当時はそれしかなかった黒電話が置かれていました。
玄関を入ると、そこまでは正面に見えていたのです。

奥へと続く敷居には襖があり、細く開けられていました。
わたしは身を乗り出して、その隙間のほうにもう一度声をかけました。
「こんにちはー。郵便です」
奥からおばさんが出てきて、受け取ってくれるはずでした。
家の中はしーんとしています。
お留守なのかと思い、また後で来てみようと思ったとき、女の人の声が
きこえました。
「はーい。ちょっと待ってください」
おばさんの声ではありませんでした。
もっと若い、きれいな声です。
このうちの家族構成を知らなかったわたしは、おじさん、おばさんの他にも
誰か住んでいたのだろうかと、少し緊張しました。
畳の上を、誰かが近づいてくる音がきこえます。
でもそれは、普通に歩いているような音とは、少し違っていました。
「おまちどおさま」
細く開いた襖に身体を割り込ませるようにして、そのお姉さんは現れました。
そのお姉さんの姿を見たとたん、わたしは自分のからだが硬くなるのを感じました。
見てはいけないのかもしれないひとが、そこに立っていました。
胴体と頭だけの人間。
そのお姉さんには、腕と脚がありませんでした。
肩から直接生えているような小さな手。
ごくごく短い、脚といえない肉の先にある、小さなはだしの足。

「ありがとう……ゆうりちゃん?」
お姉さんはにこやかに言いました。わたしの名前を知っていてくれました。
「はい。ゆうびん、きてました」
どうやって渡せばよいのか、その小さな手で封書を持つことができるのか、
まったく想像できませんでした。
ドキドキしながら手を伸ばすと、お姉さんは身体を少しよじって、
肩から生えている手の指で、普通に封書を持ちました。
「ごくろうさま。おばあちゃんによろしくね」
ぱあっと、明るい笑顔でした。
わたしはその笑顔を見て、なぜかテレビで見た仏像や観音様を思い出しました。
お姉さんはそのままわたしが玄関を出るまで見送ってくれました。

ずっとドキドキしていました。
家に戻り、静かに興奮しながらお祖母ちゃんの姿を探しましたが、
買い物にでかけたのか、うちには誰もいませんでした。
キッチンに行って、冷蔵庫の中から飲み物を出し、コップに注いで飲みました。
飲みながら、あのお姉さんはどうやってコップを持つのだろう、と思いました。
そして、母のドレッサーの前に立ち、腕がぎゅうっと身体につくように
折り曲げて、肩から手が生えているような真似をしてみました。
それだけでは腕が鏡に映ってしまうので、服の身頃の中に折り曲げた腕を入れ、
手首から先だけをだして、コップを口に近づける動作をしました。
それは、初めて見る、異なった形の自分でした。
もし、わたしにも腕がなかったら? 脚がなかったら?
幼稚園には行かれたのかな。
ひとりでお風呂にはいれるのかな。
ご飯のときはどうするんだろう。
お買い物の手伝いは?
ママと手をつないで歩けるの?
弟をだっこできるの?
わからないことが、頭の中にいくつも浮かびました。

あのお姉さんは、どうしてるんだろう……。

初めて会った、手脚のないお姉さんのことが強烈に目に焼きついて、
また会いに行きたくて、つぎの誤配はいつだろうと、郵便屋さんが
間違えてくれるのを願いました。






お姉さんと遊ぶことを妄想した

知らないうちに死んでた
小さい遺体はかわいかっただろう
お花に埋もれて少女のままで
庭に咲いてた花をおばあちゃんに切ってもらった 供えた

室井さんの絵

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[ 2011/06/13 00:50 ] おもいで | TB(-) | CM(-)

ブルーチーズのかほり

わたしがまだ横浜に住んでいた頃のことです。
18歳から19歳までアルバイトをしていたお店がありました。
そこは「パブレストラン」で、わたしはコンパニオン(仕事はウエイトレスのようなもの)として
働いていました。
古くからあるクラブの系列店として、オープンしたときに入ったのですが、
制服がとても可愛かったのです。
シフォンのブラウスとプリーツスカートの上下で、襟とカフスが白。
それ以外の部分は、茶系と紫系の二種の色違いの小花柄です。
細かいプリーツのスカートは膝下丈で、友布のボウタイを結びます。
自然と所作が女性らしくなるような、そんなデザインの制服でした。
お客さまのテーブルの横に、その制服で膝をついて、ドリンクを作ったりもしました。
深夜になると、姉妹店からホステスたちが接待にやってきます。
わたしたちの仕事は、あくまでもコンパニオン。
隣席接待はしていませんでした。

その店に、毎日のように来られるお客さまがいました。
いつも必ず一人で、夕方6時くらいに来るのです。
自分のボトルと氷とミネラルウォーターのセットと、そして必ず
「チーズの盛り合わせ」を注文していました。
それには、ミモレット・コンテ・ラクレット・ゴルゴンゾーラなど
5、6種類のチーズと、クラッカーなどが盛り合わせてあり、
見た目が綺麗だったので、運ぶのが楽しい、わたしの好きな一品でした。
でもそのお客さまは、ゴルゴンゾーラだけ、毎回お皿に残して帰るのです。
ある日、わたしはこう聞いてみました。
「ゴルゴンゾーラ、お嫌いですか?」
お客さまは待ってました、という感じで答えました。
「だって、足の臭いがするでしょ」
そう言って、嬉しそうににぃーっと笑うのです。
わたしもつられて笑い、二人でにこにこしながら新しい水割りを作りました。
でも、なんだかいつも残って捨てられてしまうチーズがかわいそうになり、
つぎにその人がきたとき、きいてみたのです。
「ゴルゴンゾーラがお嫌いなら、何か他のチーズを出しましょうか」
すると、その人はまた、とっても嬉しそうに笑って首をふりました。
「いや、臭いのがいいの。食べないけど臭いは嗅ぎたいんだ」

ホールの端に立っていた他の女の子たちにそのことを話すと、
「あー、あの人面白いよ~」
「変わってるよねー」
と、みんなそれぞれなにかしら楽しい会話をしたことがあるようでした。

あとで、ブルーチーズと足の臭い菌が同種のものだという話を
誰かから聞いたのですが、真偽は定かではありません。

わたしは、チーズもけっこう苦手です。
他のもの(パンとか、ハムとか、レタスとか)と一緒でないと、チーズだけでは
食べられません。
いつか、友だちとチーズの専門店へ買い物に行ったときも、わたしは試食を
しなかったのですが、チーズ好きの友だちは、いくつも試食していました。
その中で、ヤギのチーズを友だちが食べているとき、わたしもお店の人に
勧められましたが、匂いがどうしてもダメで、食べられませんでした。
何かのにおいに似ているのです。
なんだっけ……なんだっけ……。
と考えて、もう本当に同じにおい! というものに思い当たりました。
「ねえ、これって傷口のにおいに似てない? リンパ液みたいなにおいがするよ」
それを聞いた友だちがリバースしそうになったので、慌ててその店を出ました。

その、バイトしていたパブレストランでは、しばらくすると、今までのシフォンの
ブラウススーツか、バニーコートを着るか、二種類の制服を選べるようになり、
わたしはバニーガールの格好をしてホールに立つようになりました。
ダンス用の硬い網タイツをはいて、エナメルのハイヒールをはきました。
脚と腕を露出する代わりに、水割りを作ったりはしなくていいようになりました。
じつは、そのときの制服は、まだうちにあります。

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[ 2011/05/20 04:15 ] おもいで | TB(-) | CM(-)
プロフィール
春原 悠理 Youri Sunohara Facebook
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濡木痴夢男の緊縛美研究会の主宰です。
好きなもの:ねこ、チョコレート、雑多な読書、映画鑑賞

便利なものは苦手です。
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